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2016/11/20

深夜12時、同僚が「トラックに轢かれたい」と言った。


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深夜12時、同僚が「トラックに轢かれたい」と言った。
私は「死ぬくらいなら、一緒に会社辞めようよ」と思ったのに、言えなかった。

今、苦しんでる誰かに「死ぬくらいなら逃げてくれ」って言いたいから、同僚と私の経験をここに書こうと思う。


私の働いていたデザイン事務所は代理店の仕事が7割ほど、残りが自社の仕事という割合だった。代理店が激務なら、それより激務なのはその下請けだ。

一番ひどい時は3日は会社に泊まっていた。睡眠時間も全然取れなかった。
泊まりが続き過ぎる時は「泊まってる事実は減らしたい」という会社の都合で、終電で帰り明け方3時まで仕事を行い、1時間ほど寝て始発で会社に行っていた。移動時間を睡眠にできるので会社に泊まる方が楽だったが、仕方なかった。

だいたい夜9時とかに「明日の昼までにラフで一人3案デザイン案を出してくれ」と言われるが、その時点で他の仕事がまだまだ残ってる。終わってからだと手が回らない。かといって甘えた仕事の仕方をすると、眠たいボヤけ頭に様々な怒声が響く。

「デザインの仕事はもうさせないぞ」
私はこの言葉だけが怖くて仕方なかった。高校、大学とデザイン学校に通い、デザインは人生の一部だった。無くなったらぽっかり穴も空き、生きがいもなくなる。同期もそんな想いを持っていた。


私には同期が二人いた。一人は同じ年の経歴の似た女性(Aちゃん)、もう一人は年上の男性(Bさん)だった。

Bさんは徹夜や泊まり込み、休日出勤が続き、ストレスで視界に(飛蚊症に近い)ボーダー状の影が入るようになった。彼は何時間も怒られる日々を経てやめてしまった。精神論で怒る時間をやり方を教える時間に変えたらいいのに。と今は思う。

Aちゃんは私の横に座り、私たちは支え合って仕事をしていた。仲も良かった。

ある日の終電前、私とAちゃんは並んで歩いていた。
トラックが横を走っていき、そのあとAちゃんは「トラックに轢かれたい、そしたら明日出勤せんでええのに。」と言った。
「死ぬくらいなら、一緒に会社辞めよう」と思ったのに言えなかった。
Aちゃんは「骨折してもフルで働くことは変わらん、入院レベルの怪我せんと休まれへん。それでも病院で働かされそうやなあ。」と笑って言った。私は彼女が好きだったので(死んだらどうしよう、いやだ)と相当思った。

次の日、朝一でAちゃんが大好きな「抹茶ラテ」を買って渡した。Aちゃんは「え!なんで??ありがとう」って疲れた顔して笑った。
大好きな上司に相談をこっそりしたら、上司は私たち二人を守るような形で仕事の管理を見直してくれた。
「気づかなくてごめんね」と言ってたけど、上司も同じくらい働いていたと思うから、心は痛かった。

残念ながら、その2ヶ月後にAちゃんは子宮筋腫になり、子どもが産めなくなる直前まで追い込まれた。怒鳴られてトイレでひっそり泣いてる所を見たし、終電帰りは変わらなかったので、本人に聞いた診断結果通りストレスが原因で間違いないだろう。


周りに気を使わせないように謝りながら病院に通い、終電帰りと休日出勤を続けるAちゃんを見てたら「もう辞めないとダメかもしれない」と悩むようになった。

デザイン以上に好きなものはなかったから、少し短い期間で辞めることになるのは怖かった。次も仕事としてデザインできるのかな?って思った。
上司を尊敬していたし大好きだった。Aちゃんとも一緒にいたかった。離れたくなかった。

なんだかんだ仕事の内容が楽しく、私は元気良く働いていた気もするが、ここに長くは居れないんだろなあって思った。

母に相談したら「辞めたらええよ。アンタが働きたいって言うから我慢してたけど、ほんまはアンタの会社大嫌いやわ。」というので「そうやったんかーい!(ツッコミ)」と思って辞めることにした。父は横で話を聞きながら鼻歌を歌っていた。オンチだし、自由極まっている。こんなもんかと気が楽になった。

辞める話をすると社長は眉間にしわを寄せ「人も仕事も条件も良い会社はない。甘えるな」と言った。怒られるのは嫌いな方だが、おやつを頻繁に与えられていたので納得いく所だけ聞く耳を持つことにした。
私にキツく当たっていた人は「残念だ。勿体無い。」と言ってくれた。私は「ふう〜ん。そっすかあ」って死んだ魚の目をして言った。死んだ魚の目はそこそこウケた。

退職日、上司が私を抱きしめて頭を撫でてきたので、私は少しだけ泣いた。
上司の事を人として今も尊敬してる。あれから何年も経つが、未だに敵わない。


そんなこんなで私は最初の勤務先を辞めた。Aちゃんも、その一月後に辞めた。

後悔はしてない。次の仕事も意外に早く見つかった。
みんなにも体を壊す前に逃げて欲しいと思う。

自分より長く生きてきた人が「私たちの時はこうだった」って言うのは経験談だ。打たれ強さも価値観も人それぞれなので誰が悪いとかは思わない。

私が言いたいのは、自分の価値観を持って、自分の体は自分で守るしかないってこと。やばいなあって思った時に誰かに愚痴ったり、逃げて欲しい。自分を失ったら、苦も楽もないってことだ。

Aちゃんは東京で楽しくデザインできる環境に居る。
私もまあ、それなりに生きてる。

まとめると、
・体を壊す前に逃げて欲しい
・人がどうこうじゃなく自分がどう感じるか
・体を失ったら、次もなくなるのだ
・自分を守れるのは自分だけだ。

誰かの苦しみが減りますように、と切実に祈る。

※追記 私はこのデザイン会社で働いた期間を今でも大切な時間だったと思ってます。
学んだことも得たことも多かったし、クライアントさんも有名なところも多く、直取引から代理店との仕事、印刷会社との仕事、撮影立会い、テレビCMに関わる仕事、紙もの、立体物含めて様々な媒体の経験をさせてもらいました。
自慢できることもたくさんある会社です。普通に生きる倍の経験値を短期間で得させてもらったと思ってます。
物事は、視点によって変わるもんです。批判だけではない色々な感情を持ってます。

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画像:たじまちはる

ライティング > たじまちはる

企業/事業戦略、ブランド戦略、販促計画など、根本を組立てる仕事が得意。
紙、立体物、店頭、Web、動画など幅広い分野の企画とデザインに携わっています。

デザイン(和訳:設計)を活かすためのお勉強記事を主体に執筆してます。

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